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教授のひとりごとBlog

日米医学教育事情

2013年12月12日

先週から、ニューオーリンズで開催されている米国血液学会(通称ASH)に参加している。今回の学会は、テキサス州の降雪などの影響で、トランジットフライトのキャンセルが相次ぐというアクシデントにも見舞われたが、late breaking abstractのセッションで発表された3つの研究成果が、いずれもNEJM誌に掲載予定となっているなど全体に演題のクオリティは高い。わが国ではいまだに十分な研究資源が確保されていない感があるが、国際的には高度なバイオインフォマティクス解析が急速に普及しており、血液診断学にも新たな時代が訪れたことを確実に感じさせられる。

この学会期間中、例年日曜日の朝に企画されている「医科大学における血液学教育責任者(hematology director)のためのスキルアップセミナー」に参加してみた。周知のように米国の医学部・医科大学は 4年制大学の卒業後に入学が許可されるので、わが国で言えば「大学院」レベルの教育機関として位置づけられている。また、入学試験時には学業成績のみではなく、協調性や社会的成熟度など人格面での評価も重視される傾向があるらしいと聞けば(注1)、学生の平均的なモチベーションは非常に高いのであろうと安易な想像をしがちである。しかし、米国の医学生も学習には多くの困難を感じているのが実情であり、このセミナーにおいてもいかに”active learning”を促すことができるかが大きなテーマとされていた(注2)。神経生化学的な立場からの「記憶を促進する教育法」のレクチャーは御愛嬌であったが、その後にもたれた少人数でのグループワークはなかなか有意義であった。私のグループには、フランスやドイツからの参加者もあったが、興味深かったのは、多人数を相手とするdidactic lecture(いわゆる”講義式”の授業)は、一方向性で教育効果が高くないという認識が共有されていることで、症例提示やproblem-based learningなどを有効に用いていかに学生の「能動的思考」を促すかに、参加者の関心は集中していた。

さて、大学教員としての自らを振り返れば赤面することばかりであるが、医学教育の質の向上に最も重要なことは、教員の質の向上であろう。教員の質を高めるためには、教育の準備のために十分な時間を確保することが必要と思われるが、診療・研究・地域医療支援など学内外の諸業務に忙殺されている医学部教員の多くは、教育を厄介な「お荷物」と感じていることも否めないのではなかろうか。そもそもわが国における学生一人あたりの医学部教員数は欧米の2-3割程度とかなり少ないことは良く知られている(注3)。現在、文科省のすすめる卒前臨床実習期間の延長にしても、その延長時間分に見合った量的質的な教員の確保ができない限り、わが国の医学教育の質の向上をのぞむことは困難であろう。

注1)津田 武「米国の臨床医学教育から学ぶこと:魅力ある教育環境の建設」信州医学雑誌. 57:1-18, 2009.

注2)1990年代前半に米国の教育学者Charles Bonwell とJim Eison によって定式化された高等教育機関における教育方法で、批判的・創造的な思考のトレーニングや小グループでの議論を通じて、”involving students in doing things and thinking about things they are doing(学生に何かを実行させ、実行している事柄について思考させること)”を目標とする。

注3)「医学部学生の定員増と医学教育環境の抜本的改善」国立大学医学部長会議常置委員会からの要望書. 2009 (平成21)年3月30日.

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